お知らせ

最新情報

AMAterrace通信 【第4回】「9割が年商1000万円未満」の業界で、なぜ成長し続けられるのか? ―― ある行政書士法人が明かす、士業の常識を覆す経営戦略

インタビュー:行政書士法人GOAL 代表行政書士 石下 貴大 氏

インタビュアー:一般社団法人AMAterrace 事務局 松岡 勇治

士業の世界は、専門知識を基盤とした安定的なビジネスモデルという印象が強いかもしれません。しかし、その内情は業界によって大きく異なります。特に行政書士業界は、資格者約5万4000人のうち、実に5万人以上が個人事業主という特異な構造を持ち、その結果、多くの事務所が価格競争と属人化の課題に直面しています。行政書士会の統計でも「年商1000万円未満が91%」という厳しい現実に置かれています。

今回は、そんな市場環境の中で独自の戦略を打ち立て、組織として成長を続ける行政書士法人GOALの代表、石下氏に話を伺いました。業務の「選択と集中」、個人では不可能な大企業案件の獲得、そして業界の未来を見据えた「行政書士の学校」の運営。その軌跡は、士業のみならず、あらゆる業界の経営者・支援者にとって、事業成長のヒントに満ちています。

なぜ行政書士は「儲からない」といわれるのか?業界が抱える構造的課題

石下: はい。行政書士業界の最大の特徴は、資格者5万4000人のうち、どこかの事務所に勤務しているのはわずか1,400人弱。法人の代表や役員をのぞいて残りの5万人以上が個人事務所なのです 。つまり、ほとんどの人が実務経験を積んでから独立するのではなく、「いきなり独立」する。だから実務のやり方がわからないまま、手探りで始めるケースが非常に多いんです。

松岡: なるほど。それは他の士業とは大きく異なる構造ですね。その構造が、ビジネスにどのような影響を与えているのでしょうか。

石下 いくつか問題点があります。まず、業務範囲が1万種類あるといわれるほど広すぎること。建設業ができるようになっても、次に同じ案件がいつ来るかわからない。知識やノウハウが体系的に蓄積されにくいんです。

更にお客様から見れば「誰に頼んでも同じ許可が取れる」と思われてしまいがちということです。結果として、価格競争に陥りやすくなります。私自身が開業した2008年頃は15万円ほどだった宅建業の許可申請が、今では半値の7〜8万円になっているケースもある。作業量は変わらないのに、利益率だけが半分になってしまったわけです。

松岡: 利益が出なければ、人を雇うことも難しいですね。

石下:その通りです。人を雇えないからノウハウが事務所に蓄積されず、すべて代表個人の中に溜まっていく。忙しくなると教える暇もない。もし育てたとしても、いずれ独立してしまうかもしれないから、もう雇わない、という悪循環に陥ってしまう。これが、業界全体が抱える大きな課題だと認識しています。

成長の鍵は「やらない業務」を決める勇気。AI時代を見据えた選択と集中

松岡: そのような厳しい市場で、御社は組織化を進め、成長されています。どのような戦略をとってこられたのでしょうか。

石下 最初は、人が増えるにつれて扱う業務を増やそうとしました。しかし、それは効率が悪いと気づき、逆に業務領域を徹底的に絞り込む戦略に切り替えました。その際の選定基準は、主に以下の4つです。

  1. 市場が伸びているか

  2.  AIに代替されにくいか

  3. 他のサービスにつながるハブとなるか

  4.  制度が頻繁に変わるか

松岡: 非常に明確な基準ですね。具体的にはどのような業務に絞られたのですか。

石下 たとえば、市場成長性でいえば「ビザ(在留資格)」。短期的には浮き沈みがあっても、長期的には日本の人手不足を考えれば間違いなく伸びる分野です。 次に、AIに代替されにくい業務として「産業廃棄物関連」。これは住民説明会など、デジタルでは完結しないフィジカルな調整が必須です。 そして、すべてのビジネスのベースになる「法人関係」や、制度変更が頻繁でAIでの対応が難しい「補助金」。これらに注力することに決めました。

逆に、かつては多く手掛けていた「自動車登録」などは、我々の方針に合わない業務と判断し、すべて手放しました。こうした「やらないことを決める」勇気が、組織の成長には不可欠だったと思います。

松岡: 業務を絞る一方で、クライアントの層にも特徴はありますか?

石下: はい。我々がもう一つ意識しているのは、「大企業の受け皿になる」ということです。ほとんどが個人事務所であるこの業界では、大企業の法務部が要求する水準に応えたり、大量の案件をさばいたりできる事務所は非常に少ない。たとえば、春だけで100人以上の外国人を採用する企業のビザ管理や、全国に拠点を持つ会社の許認可をすべて管理するといったニーズは、個人事務所では対応しきれないのではないでしょうか。

私たちは、そうした個人事務所が対応できない領域、つまり「逆張り」のポジションを狙うことで、独自の価値を確立してきました。

業界の未来を創る。「行政書士の学校」が目指すもの

松岡: 自社の成長だけでなく、業界全体を良くしていこうという活動にも力を入れていらっしゃいますね。「行政書士の学校」という取り組みについて、その目的を教えてください。

石下:新人の方が最初に直面する壁は、「どの業務を専門にすればいいかわからない」ということです。自分の見ている世界の中でしか、人は選択できませんから。 そこで、「行政書士の学校」では、まず「こんなに多様な業務があり、それぞれの分野で活躍している人がいる」という事実を知ってほしいと思っています。ドローン専門で50人規模の事務所を築いた人、地方で高単価なビジネスを展開している人。あえて東京以外で活躍する先生方にも登壇してもらい、「色々な業務で活躍している先生がいる」「地方でも専門性を高めれば全国から仕事が取れる」ということを伝えたいんです。

松岡: 単なる実務研修とは違う、キャリアの可能性を示す場なのですね。

石下: はい。もう一つの大きな目的は、「ちゃんと経営をする行政書士」を増やすことです。 「金儲けのことばかり考えて」と批判されることもありますが、しっかり利益を出す事務所が増えることこそが、業界全体の発展に繋がると信じています。成長し続ける事務所が増えれば、そこが新しい雇用を生み、若手が実務経験を積む場が生まれる。そして、業界の市場認知が広がり、「これも行政書士に頼めるんだ」という新しい需要が掘り起こされる。この好循環を作りたいのです。

そのために、色々な業務や地域で活躍する事務所をロールモデルとして見せていくこと、リアルに活躍している各業務のプロフェッショナルから学べる場を作ることが、自分たちにしかできない役割だと考えています。

なぜ行政書士業界にITプロダクトは生まれないのか?

松岡: お話を伺っていると、業界の非効率な部分を解決するITツールなどがありそうですが、あまり聞きません。税理士業界における会計ソフトのようなものは存在しないのでしょうか。

石下:そこが、この業界の最も根深い問題かもしれません。結論からいうと、行政手続きには「ローカルルール」が多すぎるのです。同じ申請でも、都道府県や市町村、もっといえば担当者によって必要書類や様式が違うことすらある。これでは、全国統一で使えるプロダクトは作れません。

松岡: なるほど。だからITベンダーが参入しにくい、と。

石下: はい。ベンダーがいないから、他士業のような、システム会社がスポンサーとなる大規模なイベントも開催されない。結果、私たちは自費で採用イベントなどを手掛けているわけです。 一度、Salesforceさんと組んで許認可管理のプロダクトを作ろうとしたこともありましたが、そもそも個人事務所が大半で案件数も少ないため、「エクセル、スプレッドシートで十分です」となってしまい、ビジネスになりませんでした。

松岡: 非常に難しい構造ですね。

石下: しかし、見方を変えれば、この「フィジカル」で「ローカル」な部分こそが、AIやシステムに代替されない僕らの価値だともいえます。非常に泥臭い世界ですが、だからこそ、人の介在価値が残り続けるブルーオーシャンでもある。この現実を直視した上で、どう戦略を立てるかが問われているのだと思います。

終わりに:インタビューを終えて

石下氏の話から見えてきたのは、自らが置かれた市場の構造的課題を冷静に分析し、常識にとらわれない大胆な戦略を実行してきた姿でした。

  ·  徹底した「選択と集中」による専門性の構築

  · 「大企業向け市場」というニッチトップ戦略

  ·   自社の成長だけでなく、業界全体の底上げを目指すという高い視座

これらの戦略は、行政書士業界に限らず、多くの経営者や専門家が直面する課題に対する、普遍的な解決策を示唆しているような気がします。自社の強みをどこに定め、どの市場で戦うのか。そして、その事業を通じて、顧客や業界、社会にどのような価値を提供していくのか。

今回のインタビューは、その根源的な問いを、私たち一人ひとりに投げかけているように感じられました。


ご質問・ご相談などありましたら
お気軽にお問い合わせください。

◼︎AMA terraceに関するご質問・ご相談

AMA terrace事務局

  ご質問・ご相談